脳脂肪塞栓症のMRI
−3症例における経時的MRIによる検討−
縄田昌浩
Magnetic resonance imaging of cerebral fat embolism.
Evaluation of three cases with serial magnetic
resonance imaging.
Brain magnetic resonance imaging (MRI) was performed
serially for three patients with cerebral fat embolisms, and abnormal findings
of MRI was evaluated. The initial MRI was performed on patient 2 days and 3
days after trauma. High signal intensity areas on T2 weighted image were
admitted at bilateral basal ganglia, thalamus, cerebellum, brainstem, and deep
white matter. Follow-up MRI performed on patient 23 days and 6 months after
trauma. High signal intensity areas on T2 weighted image became unremarkable. The
reduction of high signal intensity area suggested a detection of surrounding
edema besides the obstruction of the artery. Brain atrophy was also admitted in
all cases. Moreover, age of patients has a young tendency. The tendency with a
young patient was admitted in past reports. Further epidemiology research is
expected to clarify the factor of age with cerebral fat embolism
要旨
脳脂肪塞栓症3例に対し,経時的に頭部MRIを撮影し,その異常所見を検討した.初回MRIは,受傷後2日から3日の間に撮影し,大脳基底核,視床,小脳,脳幹,深部白質に,T2強調像で高信号域を認めた。経過MRIは,受傷後23日から6カ月の間に撮影し,急性期に認めた高信号域の不明瞭化を認めた.高信号域は,血管閉塞による脳障害のほかに,周囲の浮腫などをとらえていると推測された.全例で脳萎縮を認めた.また自験例の年齢は,若年者の傾向が認められた.過去の報告でも,患者年齢が若い傾向が認められる.脳脂肪塞栓症の発症年齢について,疫学的な検討が望まれる.
索引用語
脳脂肪塞栓症 脂肪塞栓症候群 MRI 交通事故 意識障害
はじめに
脂肪塞栓症候群は,長管骨骨折後などに発生する重篤な疾患であり,微小循環が障害され,点状出血,呼吸器症状,中枢神経症状などを呈する1)2).このうち脳に病変を生じる,脳脂肪塞栓症については,X線CTやMRIが供用された1980年代以降,生体を対象とした検討が数多く報告され3)〜6),診断におけるMRIの有用性が報告されている4)〜6).
今回われわれは,交通事故受傷後に発症した脳脂肪塞栓症の3例に対し,急性期の頭部MRIにより病変を同定すると共に,全例で経過MRIを撮影し,若干の知見を得たので報告する.
症例1
20才,男性.主訴:交通事故による右下腿開放骨折,呼吸障害,意識障害,痙攣.既往歴:特記すべき事なし.現病歴:二輪車運転中,普通乗用車と正面衝突し受傷.近医へ搬送され,右下腿開放骨折の診断のもと受傷部の一時縫合を実施されていたが,12時間後より呼吸困難,意識障害,痙攣が出現,2病日に転院,搬入となった.受傷24時間後の意識レベルは,JCSV-100.2病日の頭部CTでは,明かな異常を認めなかった.
2病日の頭部MRIでは,両側大脳基底核,視床,側脳室周囲深部白質に,T2強調像で小さな高信号域を多発性に認めた.T1強調像では,T2強調像で高信号域を認めた深部白質に,淡い低信号を認めた(図1).胸部単純X線写真では,両側肺野に斑状の濃度上昇を認め,眼瞼結膜には点状出血を認めた.脂肪塞栓症候群および脳脂肪塞栓症の診断のもと,呼吸管理,循環管理を実施,14病日の意識レベルは,JCST-1へ改善した.
23病日の頭部MRIでは,両側視床に,T2強調像で淡い高信号域を認めたが,2病日のMRIで認めた,その他の病変は同定できなかった.脳室の拡大,脳溝の開大が認められた(図1).
図1 頭部MRI(上段2病日,下段14病日)
上左:T1強調像,深部白質に淡い低信号を認める.上中,上右:T2強調像,両側大脳基底核,視床,側脳室周囲深部白質に高信号域を認める.
下左:T1強調像,明らかな異常を認めない.下中,下右:T2強調像,両側の視床に淡い高信号域を認る.また脳室拡大を認める.また側脳室の拡大,脳溝の開大を認める.
症例2
21才,男性.主訴:交通事故による左大腿骨開放骨折,呼吸障害,意識障害.既往歴:特記すべき事なし.現病歴:二輪車運転中に受傷し搬入.左大腿骨開放骨折と診断され,手術待機していたが,24時間後より呼吸障害が出現,48時間後より意識障害が出現した.受傷48時間後の意識レベルは,JCSU-30.3病日の頭部CTでは明かな異常を認めなかった.
3病日の頭部MRIでは,両側の側脳室前角と後角周囲の深部白質,分水嶺領域近傍,左小脳半球,右中小脳脚,橋腹側に,T2強調像で高信号域を多発性に認めた.また脳梁にT2強調像で高信号を,左側の側脳室体部に,亜急性期の出血を疑うT2強調像で低信号を認めた.T1強調像では,深部白質,分水嶺近傍に淡い低信号域を認めた(図2).
胸部単純X線写真で斑状の濃度上昇を認め,脂肪塞栓症候群および脳脂肪塞栓症の診断のもと,呼吸管理,循環管理,副腎皮質ステロイドホルモン投与等の治療を実施した.3週間後には意識レベルは清明となった.
6ヶ月後の頭部MRIでは,両側の側脳室後角周囲の深部白質,左小脳半球,橋腹側に,T2強調像で淡い高信号域を認めたが,3病日のMRIで認めた,その他の病変は同定できなかった.脳室の拡大,脳溝の開大が認められた(図2).
症例3
27才,男性.主訴:交通事故による左大腿骨骨折,呼吸障害,意識障害.既往歴:特記すべき事なし.現病歴:二輪車運転中に受傷し搬入.左大腿骨骨折と診断され,手術待機していたが,12時間後より呼吸障害,意識障害が出現した.意識レベル:JCS U-30.3病日の頭部CTでは明らかな異常を認めなかった.
3病日の頭部MRIでは,両側大脳基底核,視床,側脳室後角周囲の深部白質に,T2強調像で高信号域を多発性に認めた(図3).T1強調像では異常を認めなかった.胸部単純X線写真で斑状の濃度上昇を認め,脂肪塞栓症候群および脳脂肪塞栓症の診断のもと,呼吸管理,循環管理を実施した.3週間後には意識レベルは清明となった.
93病日の頭部MRIでは,両側の側脳室後角周囲の深部白質に,T2強調像で淡い高信号域を認めたが,3病日のMRIで認めた,その他の病変は同定できなかった.脳室の拡大,脳溝の開大が認められた(図3).
図2 頭部MRI(上段3病日,下段6ヶ月後)
上左:T1強調像,深部白質,分水嶺近傍に淡い低信号域を認る.上中,上右:T2強調像,両側の側脳室前角と後角周囲の深部白質,分水嶺領域近傍,左小脳半球,右中小脳脚,橋腹側に高信号域を認める.
下左:T1強調像,明らかな異常を認めない.下中,下右:T2強調像,側脳室後角周囲の深部白質,左小脳半球,橋腹側に淡い高信号域を認める.脳室の拡大,脳溝の開大を認める.
図3 頭部MRI(上段3病日,下段93病日)
上:T2強調像,両側大脳基底核,視床,側脳室後角周囲の深部白質に高信号域を認める.
下:T2強調像,両側の側脳室後角周囲の深部白質に,T2強調像で淡い高信号を認める.脳室の拡大,脳溝の開大を認める.
考察
脂肪塞栓症候群は,何らかの原因で脂肪が循環血液内に入り,微小循環に塞栓を生じさせる重篤な疾患である.長管骨の骨折後などに,潜伏期を経て発症し,点状出血,呼吸器症状,中枢神経症状などを主症状とする1)2).中枢神経症状を呈する脳脂肪塞栓症は,手術時の脂肪組織の混入7)や,卵円孔開存における発症8)などが剖検により報告されてきたが,1980年代以降は,X線CTやMRIの供用により非侵襲的な検査が可能となったことから,生体を対象とした検討が多数報告されるようになった3)〜6).これらの検討では,MRI,T2強調像における高信号域が,特徴的な所見として報告されている3)〜6).
自験例では,全ての症例で,MRI,T2強調像で高信号域が多発性に認められ,その一部はT1強調像で淡く低信号域を呈し,過去の報告とも矛盾しない所見を呈していた.T2強調像における高信号域は,外側線条体動脈や視床穿通動脈などの終末動脈領域,あるいは分水嶺近傍に認められた(図1〜3).穿通枝の脳梗塞とも,極めて類似する所見であるが,いずれの症例も20才代の若年者であり,多数の脳梗塞を呈するには,年齢的に若いと考えられる.MRIでは,中大脳動脈と内頸動脈の flow void を明瞭に同定可能であり(図1〜3),動脈硬化所見は目立たず,脳梗塞や分水嶺梗塞患者の主幹動脈所見とは合致しない.また,いずれの症例も,長管骨の骨折後,潜伏期を経て,肺野の斑状影や呼吸障害が出現している.さらに症例1においては点状出血を認め,これらの臨床症状は,脂肪塞栓症候群に矛盾しないものである.過去の報告では,T2強調像の高信号域の鑑別については,ほとんど検討されていないが,前述の理由から,T2強調像における異常信号は,脳脂肪塞栓症の所見と解釈するのが合理的と考えられる.
自験例では,頭部CTでは異常を認めなかったが,MRIでは病変を明瞭に同定可能であった.過去の検討でも,病変をCTで認めず,MRIで認められたとする報告は多く,報告されている病変の大きさは,2mm程度から10mm程度までの,比較的小さなものが多い3)〜6)9).体循環に入った脂肪は,心臓や肺血管に奇形が存在しなければ,肺を通過した後に脳へ達することから,塞栓は小さな病変になると考えられる.MRIは,X線CTよりも,濃度分解能に優れることから,脳のわずかな変化の検出には,有用であったと考えられる.
経過MRIでは,3症例とも,病変は不明瞭化していた.過去の検討でも,病変の縮小,消失の報告は多い5)9)〜11).病変の縮小からは, ischemic penumbra や,浮腫を反映したことが推測されるが,拡散強調画像による検討では,病変が高信号として同定されていることから10)12),塞栓による細胞障害は存在すると考えられる.
自験例では,経過MRIで,3症例の全てに脳萎縮を認めた.症例2では,脳梁に異常信号を認めることから,脳への強い衝撃が加わった可能性が疑われるが,そのほかの2例では,頭部外傷に起因する脳実質内の異常を認めない.硬膜外血腫,硬膜下血腫,外傷性くも膜下出血などの頭部外傷所見は,3症例とも認めない.萎縮は,脳全体のびまん性の萎縮であり,MRIで検出しえない,微小循環障害の存在などが推測された.
自験例の年齢は,いずれも20才代の若年者の発症であった.受傷理由が二輪車運転中の事故であることから,若年者に偏在したことが推測されるが,過去の報告でも,脂肪塞栓症候群は,若年者に多い傾向が認められる11)13)14).
高齢者においては,大腿骨などの手術が多数実施されており,血栓,塞栓を発生させる背景は多いと考えられるが15),塞栓発症は少ない傾向が認められる11)13)〜15).高齢者では,もともと呼吸障害や意識障害が存在し,症状が表面化しにくいことも推測されるが,多くの症例による疫学的な検討が望まれる.
結論
脳脂肪塞栓症3例に対し,経時的に頭部MRIを撮影し,異常所見を検討した.
病変は,頭部MRI,T2強調像で高信号域を呈し,過去の報告と矛盾しない所見を認めた.慢性期には不明瞭化し,塞栓による脳障害のほかに,周囲の浮腫などをとらえていると推測された.全例で脳萎縮を認めた.脳脂肪塞栓症は,自験例,過去の報告ともに,若年者に多く発症する傾向が認められた.
文献
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脳脂肪塞栓症3例に対し,経時的に頭部MRIを撮影し,その異常所見を検討した.初回MRIは,受傷後2日から3日の間に撮影,大脳基底核,視床,小脳,脳幹,深部白質に,T2強調像で高信号域を認めた。経過MRIは,受傷後23日から6カ月の間に撮影,急性期に認めた高信号域の不明瞭化を認めた.高信号域は,血管閉塞による脳障害のほかに,周囲の浮腫などをとらえていると推測された.全例で脳萎縮を認めた.また自験例の年齢には,若年者の傾向が認められた.過去の報告でも,患者年齢が若い傾向が認められる.脳脂肪塞栓症の発症年齢について,疫学的な検討が望まれる.